「三角と四角」(巌谷小波)

児童文学とはどうあるべきか、試行錯誤が続いた時期

「三角と四角」(巌谷小波)
(「日本児童文学名作集(上)」)
 岩波文庫

「三角と四角」(巌谷小波)
(「日本児童文学大系1巌谷小波集」)
 ほるぷ出版

三角定規はいつも自分の角を
自慢していたが、
ある日鉛筆から
自分より角の多い者がいることを
聞かされる。
見に行くと、そこには
四つの角をもった画板がいた。
悔しく思った三角定規は
鋏の力を借りて、
眠っている画板の角を…。

以前取り上げた
巌谷小波(いわやさざなみ)
(1870-1933)。
「こがね丸」を機に児童文学に転身、
「お伽噺」「口演童話」「児童劇」といった
分野を次々に開拓、日本の児童文学史の
パイオニア的存在となっています。
残念ながら現在読むことができるのは、
本書「日本児童文学名作集(上)」でも
青空文庫でも、
「こがね丸」と本作品の二編のみです。
「こがね丸」が56頁(岩波文庫)で、
児童文学としては大作の方ですが、
本作はたった4頁。
肩の力を抜いた小話です。
登場(人)物は三角定規と鉛筆、
画板、鋏の文房具四点セット。

結末は予想できるものの、
やはり面白いです。
一晩で角の数が倍になった画板に、
三角定規は脱帽するのです。
自分がやったことだと気付かずに。
と、ページが少ない分だけ、
紹介も短く終わることができます。
たったこれだけです。

で、私が注目したのは、
「こがね丸」と「三角と四角」の文体です。

前者は文語体なのです。序文で、
「ひたすら少年の
 読みやすからんを願ふて
 わざと例の言文一致も廃しつ」

そうなのです。
言文一致運動が始まった時期に、
わざわざ「少年が読みやすいように」
文語体のまま発表したのです。
その結果、
「むかし、或る深山(みやま)の奥に、
 一匹の虎住みけり。
 幾星霜(いくとしつき)をや
 経たりけん、
 軀(からだ)尋常(よのつね)の
 犢よりも大く、
 眼(まなこ)は百錬のの鏡を欺き、
 鬚(ひげ)は
 一束(ひとつか)の針に似て、
 一度(ひとたび)吼ゆれば
 声山谷(さんこく)を轟かして、
 梢の鳥も落ちんばかり。」
出だしの一文です。ああ読みにくい!
こんな調子で56頁。
これでも当時大好評だったのですから、
何とも不思議です。

でも、やはり多方面から
苦情が殺到したのでしょう。
「三角と四角」は口語体、それも全文
発音通りの仮名遣いで著しています。
「三角さん三角さん、
 お前平常から大層その角を
 自慢しているし、
 私らもまたお前ほど角の多いもの
 いないと思っていたが、
 この間来た画板を見たかイ。
 あれお前よりまた角が多いぜ。」

まるで下手な小学生の作文です。

児童文学とはどうあるべきか、
試行錯誤が
続いた時期だったのでしょう。
二編合わせて、
貴重な時代の資料として読むと
なお面白いと思います。

(2021.10.26)

OpenIconsによるPixabayからの画像

【青空文庫】
「三角と四角」(巌谷小波)

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